スペインのマドリードを拠点に活動中のWild Animalsのインタビューの和訳です。2016年に1stアルバムをリリースした直後のインタビューを元に翻訳しました。

Wild Animalsは今年の4月に来日ツアーすることが決まっており、Turncoatとともに各地を廻る予定とのことです。そのツアーの詳細についてはこちらに書かれてまっせ。

翻訳に関しては毎度のことながら誤訳等あると思います。

(インタビュー原文はhttp://www.shookdown.es/ante-la-hipocresia-wild-animalsにて)

 
 

Ante la hipocrecía, Wild Animals

Wild Animalsを迎え、最新アルバムBasements: Music to Fight Hypocrisy (複数レーベル共同リリース、2016年)について話したインタビュー。去る21日にバルセロナのKasal Joves Roquetesで行なわれたもの。

 

多数のレーベル(バルセロナのBCore Discs、マドリードのL Agonía de Vivir、アストゥリアスのPifía Recordsなど)によって共同リリースという形で発表され、Wild AnimalsはBasements: Music To Fight Hypocrisyを世に出したばかりであり、そのレコードはKasal Joves Roquetesでは数日前に公開された。その最新の作品の詳細について知るためにわれわれはバンドと話をした。

First Songsのリリースからほぼ一年後の今きみたちはフルレングスを出した。現在に至るまでグループはどんなふうに変わった?もしくは別の言い方をすれば、前作からどの部分において成長したと思う?
First Songsを録音した頃はわれわれはたった一回しかコンサートをしていなかったし、バンドとして一緒になってまだ6ヶ月しか経っていなかったから、そのときやりたかったことは今と比べるとまだまだ確立されていなかったし、多かれ少なかれそのことは自分たちでもわかっていた。それゆえのタイトル名というか、First Songsは最初に作曲した7曲だったし、われわれはそれをファーストコンタクトのように捉えていた。一年後にBasementsのレコーディングに入る際、われわれはすでにヨーロッパのあちこちで60以上のコンサートをこなしていて、自分たちがやりたいことについてよりいっそう明確なアイデアもあったし、同路線を継続してはいるけれどさらに多くの色合いがあると思う。

BCoreの説明文において、Husker Duへのウィンク(好意) [訳注: Wild AnimalsのアルバムタイトルはHusker DuのWarehouse: Songs And Storiesが元ネタ。]“自分たちにとって‘Basements(地下室)’を意味するもの”について触れられているきみたちのバンドとしての根本要素においてそれはどのくらい重要なの?
Hüsker Düについてはわれわれ3人ともとても好きで、このバンドにとって影響の一つであることは間違いない。また、“Basements(地下室)”についてはそれこそバンドの根本要素の一部だね。われわれはたくさんのグループをやったり快適さを感じる自己運営的サーキットの上を行き来しながら成長したきた。ずっと心地良さを感じるそこから出るつもりがないということが言いたいんじゃなくて、でもこのタイトルは見返りを求めずに情熱を持って物事をなす人々への愛の宣言なんだ。

[訳注: このインタビューでは“サーキット”っていう言葉がけっこう出てきます。ぼくも定義はよくわかっていないですが、複数の会場を使って行なわれる一つのイベントとしてのサーキットではなく、ここでは“シーン”という言葉とも近い印象です。あるものを、パンクならパンクを取り巻く環境をサーキット(コース)になぞらえて表現したもののような気がします。各地の活動スペースや施設などを結んだ道というかコース全体、また、その上を様々なルートで巡るようなバンドや人の動きなどを漠然と捉えたイメージみたいなものかなと。わからんけど。]

その示唆がDIYに関係しているのかどうかわたしにはわからない。同じく、自主管理に向けられた愛に、また、活発なサーキットが促進されるような地下室や自律スペースやスクウォットといった場の近くでの取り組みのモデル、自己充足的な方法による取り組みのモデルへの愛に関係しているのかどうか、わたしにはわからない。観客目線で、きみたちがよりバンドとして成長したと感じたのはどんなコンサートだろうか?
われわれの在り方したがってバンドの“アイデンティティ”は、子供のときから自分たちが吸収してきたもの、そして今なお吸収しているものから長年に渡って作られた何かなんじゃないかな。

そのモデルは取り戻すことができるという印象を与えてくれる。従来型のスペースや会場で演奏することがますますクソみたいになっている今こそね。ローカルのサーキットはどんな感じなの?
マドリードには幸運にも演奏できる多様な形のスペースがある。スクウォット(残念ながら多くの場合において活動を続けるためにいまだにクソな状態のままだ)や従来型のコンサート会場、La Faenaのような自主管理された場所など。マドリードのような都市で演奏するのは難しくないと思う。われわれはもともと遥かに小さい街からやって来たからね。時にここで複雑なのは、あまり知られていないグループだとしてもし会場を探すのであれば部屋代を払うことで借りれるってことで、でも同じく他にも可能な会場があったりもするし、もし何かを催したいなら最終的には可能なんだ。

いくつかのグループにおいてどうやって所謂ダブルサーキットをするのかが気になる。ここや他所で演奏するとき、つまり大都市の一般的な会場で演奏しているようなグループがよそをツアーする際に自律センターを訪れたりするようにね。きみたちは自分たちのツアーをどのようにマネジメントしているの?
われわれはどんな場所で演奏することに対してもオープンだし、よりコレクティブやプロモーターが主催するもの次第になったりもする。あるいはそのときそのときの具体的なシチュエーションにもよる。われわれがツアーに行く際に演奏するところは小さな施設になる。明らかな理由としてはわれわれが無名だからで、しかし同様にわれわれがコンタクトを取るのが自主管理の内部で動いている人たちだからでもある。

去年いろんなギグを主催したんだけど、わたしがより好きだったのは、サウンドチェック時にグループとしゃべることや、コンサート前からそれがどのように機能するか見たり、ツアーやギグがどのように運営されるのかを見ることだった。きみたちにとって、よそへ演奏しに行くときにそういうのはどの程度まで重要なの?よそでギグを組んでくれる人々と交流するのは好き?
間違いなく好きだね。“Avocado”という曲の中で“今夜われわれはよそ者でしかないけど、明日には友だちだ”と言っているようにね。ツアーをしながら素晴らしい友人ができたよ!

多くの重要なグループをやってきたことに加え、きみたちには長期にわたるレコードレーベルでの幅広い経験がある。きみたちが経験してきたレーベルでは自らの運営をどのように維持するのだろうか?多かれ少なかれ一般的なプレスは、より従来的なサーキットの外側での動きに注意を向けると思う?
意図的なのかそうじゃないのかわれわれにはわからないけど、一般のメディアにおいてはより“メインストリーム”なサーキット上を動き回るバンドにいっそう多くの注意を向けることはたしかだ。同じく言えるのは、そのサーキットの外側にはメディアに顔を出すことに興味を持たない多くのバンドがいるということだ。われわれの場合は、特にそれを求めたことはないけれど、もしそういったより従来的な音楽メディアの誰かが興味を持つとしたら、メディアに載るものが事実に忠実であるかぎりはわれわれにとって問題はない。

きみたちはGarcía兄弟とUltramarinos (Costa Brava)でレコーディングをした。こないだAriesと一緒にいたんだけど、Santi (García)と仕事をする上でどこが一番好きなのか言ってたよ。よく知られていることやかれがもたらすものについても話していたけれど、レコーディングで集中する際にそこに閉じこもることができるという事実が最も好きなんだってさ。(Ultramarinos) Costa Bravaでの日々はどうだった?Santiはレコーディングに何をもたらしてくれたの?
Santiとレコーディングした体験はやばかったよ。かれは経験豊富で、まるで自分自身のグループかのようにレコーディングに没頭していた。われわれはとてもはっきりとした曲を持っていったんだけど、かれのサポートは超ポジティブだったし、全てにおいてかれを100%信頼していたよ。結果には大満足だった。レコーディングでわれわれはとても集中していて、スタジオとアパート以外には足を踏み入れない強烈な4日間だったし、そこで眠ったり毎晩パスタを作ったりしていたよ、へへへ。

アルバムリリースには複数のレーベルが参加していて、今年きみたちはその一つであるBcoreファミリーの一員になった。パンクサーキットにおいて全く珍しいことではないけれど、多くのレーベルとの間でのマネジメントはどんな感じだったの?自分たちのリリースのために選んだレーベルとの間でどんな相乗効果を求める?
より多くのレーベルがリリースに関わることでアルバムをより広く届けれるようにするというアイデアだった。ここもそうだし、またとりわけ自分たちだけでは困難な他の国でね。そのうえ、リリースに関する全てを引き受けることのできるレーベルはあまりないから、共同リリースはこのサーキット内ではかなり普通のことなんだ。みんなが共同リリースしようとしてくれてて、そのやり取りはとても簡単だった。なぜならかれらはこの手のリリースをすることに慣れているし、似た哲学を持っているからね。

Bcoreに加わったという事実が別タイプのリスナーに対してきみたちの存在をオープンにしたのかどうかはわたしにはわからないんだけど、この最初の2つの作品ではどんな反応に気付いた?
別タイプのリスナーに対してあるいは全体としてより多くのリスナーに対してオープンになったのかどうかはわからないけど、このアルバムが前作よりも広く行き届いているのは感じたよ。ちょうど今カタルーニャでの演奏から戻るけど、ここでの観客の反応はとてもポジティブだった。きっとその原因の一端はBcoreにあると思う(笑)。

マドリードでグループを結成したけど、きみたちはもともとアストゥリアスのマラガ、それとリーズからやって来たんだよね。もし遡ってグループの歴史を語るとしたらどうなるだろうか?
JamieとPaulaは長年の知り合いで、両方ともマラガに住んでいたし、やっていたバンド同士も仲が良かった(実はJamieはリーズ生まれだけど7歳のときにそこに引っ越した)。Fonとは5,6年前にマドリードで知り合った。3人がそこで暮らすために首都に来たときにね。PaulaとFonはグループを一緒にやろうといつも話していて、そのことをJamieに提案しようと考えた。そうやって全てが始まったんだ(笑)。以前の別プロジェクトでは様々な理由によって起動が完了しないまま全く進まないことにうんざりしていたから、ちゃんと腰を据えてバンドをやるという考えだった。われわれ3人はたくさん練習したり演奏しに行ったりしたかった。初めて練習するために集まった日に、今に至るまでずっと演奏し続けている“Weird Faces”というFirst Songsの曲を作ったんだ。最初から相性が良いというフィーリングがあったよ。

アルバムは先日5月20日に発売された。Basements: Music to Fight Hypocrisyがどんなふうに人々の記憶に残ることを望む?
今後20年間聴いてもらえるような、そしてずっと意味があり続ける、そんなアルバムであってほしいな。時代に左右されないものであってほしい。また、現在までのバンドの生涯を忠実に表現したものであってほしい。かなりの年月が経った後に聴いたとしても夢中になれるような、愛着を持てるような、そういうアルバムの一つだったらいいな。

(終わり)

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