Accidenteのインタビュー (Entrevista con Accidente)

おひさ。

スペインからめっちゃかっこいいパンクバンドAccidenteが日本にツアーしに来るみたいっす。今年2018年の9月に全10公演でいくつかの地域をまわる予定になっちょる。今回のツアーをオーガナイズしているVox Populiがツアーの日程や情報を載せてるだわよ。

そんなわけでAccidenteが来るっちゅうわけだすが、この人たちの最近のインタビュー記事を先日見つけたんで和訳してみたんやで。翻訳元はバルセロナのレーベルBCore Discsのブログに投稿されてたやつ。たまたまアクシデンテが好きだから訳してみたんだけど、かといって別にスペイン語ができるわけじゃないトーシローによる翻訳なので、ところどころ読みにくかったり誤訳等もあると思います。

インタビュー原文はhttp://bcstore.bcoredisc.com/bcblog/entrevista-con-accidenteにて。

(寝古呂毛知)

 
 

Entrevista con Accidente (Accidenteのインタビュー、2018年4月24日)

Accidenteは驚異的な意欲で活動に励んでいる。バンドとしておよそ7年間を共にしていることになり、その間にヨーロッパ中をツアーし、アメリカ合衆国にも数度訪れており、またDueloとのスプリットを含む4つの音源を発表している。そのうえ、スペイン全土のパンクシーンにおいて馴染みの存在となっている。現時点では日本ツアーへ向かうための準備がなされているが、諸々の話をするため我々はPiratePadを使って数週間かけてバンドとやり取りをした。

よー、Accidente諸君!今までのところきみらの2018年はどうだい?どんな音楽を聴いてるの?

Oli: うっす!えーと、色々あるよ。Juanita y los FeosHEKSAPunsetesでこの一年をスタートさせたんだ。

Pablo: Los Punsetesだと??Miguelと私はBiznagaの新しいやつを聴くのをやめられないんだ。それにセビージャのTentáculoGeneración Basura、あとBishops Greenも好きだな。Oli,きみもBiznagaにハマってなかったっけ…。

Oli: そうそう。でも同じバンドでかぶらせたくなかったから。

Ranzio: 今年は今のところ最もよく聴いたものは(他にもあるけど)、Rata Negraの一番新しい音源やObedienciaの最新音源、それから15年前から聴いてるメロディックハードコアバンドとか、あとLa Polla Recordsの最初の10年の編集盤、そう一言で表すならバッドでファスト。

Blanca: ハハハ、読者に伝わるといいんだけど…。私はナードで偏屈な感じというか、もう現在はいないバンドをひたすら聴くっていう。The NipsRadio BirdmanRegulationsとかね…。それとカスティージャ語(いわゆるスペイン語)のバンドならLa UviAusencia…。でもTranceの一番新しいやつにもハマってて、それもめちゃくちゃ良いし…。あとRotten Mindの青いジャケのレコード、何てタイトルだったかわからないけど…。(I Am Alone Even With Youだった… 今やっと探した… 私はずぼらなんだ)

Biznagaの新しいやつはかなり好きだ!きみたちは昨年イギリスをツアーしたわけだけど、向こうではどんなふうに過ごしたのかな?記憶に残るようなハコあるいはバンドは?お気に入りの街はどこ?

Oli: 共演したバンドならPardon UsCrywankが思い浮かぶ。天才。

Ranzio: えーと、これっていうよりかはそれぞれちょっとずつあるかな。いくつかの小さいハコでライブしたし、アイリッシュバーが2箇所、アナキストスペース、あとピザ屋でもやったよ…。お気に入りの街はロンドンかな。なぜならコンサートを主催したやつのおかげでそこへは行くことも見ることさえもできなかったからね。我々の当日の到着が出演時間よりも15分遅れることになってしまうということでその数日前にイベントから追い出されたんだ。

Blanca: 私にとってはブライトンも最高だったな。伝説のCowley Club、そこは政治的活動をかなり受け容れているスペースで、私たちもすでに話には聞いていた場所だった。しかもツアーの最後にライブできないんじゃないかと思ってハラハラしたあとだったんだ[訳注: いきさつとしてはツアー最終日のロンドンでのイベント出演がキャンセルになった代わりに急遽ブライトンでのライブが決まった]。でもIanと知り合えたのもよかったし、ブリストルのパブ(Red Lion)や、あと移民たちと一緒に働くローカルスペースに出会えたのも嬉しかったな。すさまじかった。全体にわたってぜいたくなほど面倒を見てもらえた。Holidayのおかげもあってね。あの人らはやり手だよ。

リバプールのピザ屋のことかな。めっちゃクールじゃん。そんで、きみらは4月の終わりにオビエドのLa Lata de Zincでライブすることになっているけど、以前に行ったことある?私が思うに、他の場所から若干離れている所だね。他にもそういったスペインの面白い隠れ家的な場所ってある?大都市から外れたとこにあって、でもすごいムーブメントがあるような、そんなとこある?

Pablo: La Lataにはすでに行ったことあるし、とても素晴らしい場所だね。しかもめちゃくちゃおいしい料理を作ってくれる。それこそ私たちが他所へライブしに出かける真の動機なんだ。似たようなプロジェクトはこの(イベリア)半島には数多く存在する。例えばサラマンカの13 monos、ビーゴのDistrito 9、ドノスティアのMogambo、セビージャのSala Hollander…。マドリードにはそういった場所はないね。

Blanca: レコード + パンクのライブ + ヴィーガンフード… ハイレベル。

Lata de Zincでうまい料理が作られ続けてるようですごく嬉しいよ。3年前にオビエドに住んでいた頃にあそこのキッチンで少しだけ働いていたこともあるんだ。みんなチョーいいやつらだった。ところで、Lataはヴィーガン料理を作っており、また似たようなスペースでもアニマル・リベレーション(動物解放)と関係の深い物事を目にすることができる(例えばバレンシアのCSA La Residenciaではヴィーガンケバブが作られてるのを見たことがある)。それにきみたちの音楽の中にも出てくるよね、“La Revuelta Real”[訳注: Accidenteの3rdアルバムに収録されている曲]でサンプリングされているモノローグとかみたいに。きみたちがみんなヴィーガンかはわからないけど、それ(ヴィーガンに関すること)をこういったタイプのスペースの政治的事柄の重要な要素として見ているのかどうか知りたいな。またそこでライブするバンドにとってもね。

Pablo: すばらしい!いつもあそこに行くときには思う存分食べるために可能ならずっと居続けるんだ。だってしょっちゅう満席だからね。私たちは全員ではないけどほぼ全員がヴィーガンだよ。それ(ヴィーガンに関すること)をとても重要だと思っていて、自分たちの音源でもコンサートでもたいてい何かしらをその部分に費やしてる。これは必要な闘いだと考えているよ。だって動物たちは言葉を持たないからね。それでもなお束縛から逃れて自由になりたいんだということを自らの身振りで表現するのをやめないんだ。

Balanca: 私たちはそれ(ヴィーガンに関すること)に重要性を与えている。他者を虐げ権力と特権を築き上げる側とその支払いをさせられる側との間のあらゆる闘いと同様にね…。私たちは自分たちが重要だと思う事柄について曲を書いているし、ライブしに行くとき、我々が熱心に力を注いでいるその要因に対して少なくともリスペクトがあるというのはとてもありがたい。これはそういった関係の場所、つまり背中を叩いて称賛してくれることが保証されているとわかっている場所にしか行かないってことを言ってるのではなくて、ただ、その入口において最低限話が通じることとやり取りができる余地があるのだと知れるのは喜ばしいことなんだ。

きみらはDIY的なことにとても献身的だと思う。たとえそれが多くの場合でいかなる商業目的の放棄を意味しているとしても。きみらがアルバムを無料ダウンロードで提供しているようにね。こういった信条に従って生きることとそれを普及させていくなかで自身が獲得する名声との間でどのようにバランスを取っているの?

Ranzio: Accidenteを始めたとき、我々の周りはDIYを信じそれに賭ける人々に囲まれていたので、この道を進んでいくことに一切疑問を持たなかった。自らのやり方で周りの人々と物事をなすことができる、それはより健全で美しいことだ。音楽制作それ自体よりもメッセージや倫理により重要性を与えながらね。商業目的は持ちたくないし今後も持つつもりはない。私たちは自分たちを知ってもらうためにCDを無料配布することから始めたけど、とてもうまくいったよ。

きみの言うバランスってのは、うーん、わからないな。個人的にはバンドが得ていくとされている反響や「名声」を重要視していないんだ。私たちは自分たちの好きなことを続ける、自分たちの知っている好みの方法で、パンクやDIYにおいて適切だと思われる人たちに常に囲まれながらね。したがって、1本のロープの上で、しかも実際にはどんどん細くなっていくようなロープの上でバランスを取る必要があるとは思わないよ。なぜなら我々の信条や物事をなす方法はずっと同じであり続けるだろうから。ライブを観に来てくれるのが10人であろうと500人であろうと、音源を8ユーロで買ってくれようがインターネットで無料ダウンロードしてくれようが関係なくね。人々から「売れやがった!」と言われるような典型的なバンドに私たちがなることはないだろう、ハハハ。

Blanca: 個人的には質問できみが指摘している問題よりも心配になることが時々あって、それはこのバンドは今よりも若いときに始めたということで… もっと多くの時間があって、疲れも困難ももっと少なかった。私たちは物事を見定めながら少しずつ進んできた。本当に、月並みかもしれないけど、お金では支払うことのできない物事をね。私利私欲のないプロジェクトが継続的に生まれるのを見ること、自分のことにしか頭になくて身勝手になる代わりに他者と共に作っていくことを決意している人々、それも自発性を持ち、力のないところから力を引き出す、そんな人々がいるのを知ること。その人たちは我々のために自分の時間を使ってくれ、我々のために家を開けてくれ、我々のお腹と心を満たしてくれる、その人たちの地域まで曲を披露しに行く機会を得るたびにいつも… それはお金では買うことはできない。それに、数多くいる商業的バンドが、我々や他の似たようなバンドたちの到達しうるすさまじい感情のレベルまで到達するかは疑わしい…。とはいえ、自分たちがお互いのことに都合を付けていくのをうまくやるのは時にとても難しかったりする。この背後には非常に多くのやるべき作業がある。曲作りのほかに、録音、編集、ミックス、デザイン、工場関係の都合の調整、ディストロ、いくらかのお金を得ること、Tシャツやレコードの制作、そこには関わる人たちみんなと応じ合う力がある。自分たちのバンドのコンサートを主催したりしながらも我々とそういったことに取り組んできてくれた人たちもいる。メッセージは溜まっていくし、多くのことと平行してやっているし、そして葛藤・対立にも水平形式の方法で対処する、それには時間と労力が伴う。私にとってはこの全てが本当に重要なんだ…。でも、やれやれ、その日のうちにやらないといけない仕事があるし、政治的活動や他にも各々が専念してること、家族のこととかの込み入った話、旅、すごくお金もかかる、それからぶっちゃけ、我々に壊滅的な嫌悪感をもたらすものだってある…。それらはこの役割を見た目以上に複雑な問題にしてしまうんだ。一方で、自分たちのやるべきことのいくらかを人に委ねることに決めたバンドの中にも完全に尊敬できるバンドがいると思う。私たちも様々な人々を頼りにしているように。マスタリングしてくれる人、ジャケットを制作してくれる人、あるいはTシャツを作ってくれる人とか。Facebook、これはPiratePadだけど、あとGmailやRepsolやRyanoir、Sala Xとかバーとか、それから…。当然ながら、これはもはやDIYじゃない…。

そして、私たちはすでに市場の中にそれがはらむ矛盾を抱えながら入り込んでしまっている。でも、実際、私たちはどこで線引きしているだろうか?自らで全てをやっている仲間たちもいるし、我々の場合は他人の手に委ねている…。自分を売り渡すという言い方で、あるいは、そういった観点で話をするのは好きじゃない、なぜなら物事は白か黒かじゃないから。私にとっては誠実さの問題、あるいは率直かどうかの問題なんだ。これが我々を圧倒してしまうとき、もしくは自分たちのしたいやり方を取れなくなってしまったとき(私にとっては、そのやり方は変わるかもしれないし、変わることは完全に正当である)、そのときはAccidenteは終わりを迎えることになるだろうし、また別のものがやってくるだろう。音楽においても、人生においても、ドグマは好きじゃない。あとそれから、私がブラインドみたく巻き上げられる理由がこれ(おしゃべり)だよ、ハハッ!ごめん、好きなとこでカットしてくれ。

気にすんな!きみらはFugaziのようなパンクバンドたちの伝統を受け継いでいってる。その人たちが説いていたのは、自らの信条とは合わないような不快にさせられる状況の中で「ノーと言える力」。そうやって多くのストレスやくだらないことから自らを解放する。とはいえ、もちろん多くの場合で事はそんなに簡単ではないけど。

きみたちの音楽の響きは通常のパンクロックからは外れたポップのタッチがあるよね(きみらのBandcampで「スペイン語で歌うThe Offspringってコメントされているみたいに!)。Amistad y Rebeliónの“Lejos”もしくは“Juntos Ellos y Ellas”でのピアノとかが私の頭には浮かんでいる。こういったディティールは曲の中にどんなふうに入れてるの?パンクミュージック以外で影響を受けたものは?全般的にはきみらのスタイルとはあまり関係がないかもしれないようなもので。

Pablo: そうだなぁ、私たちも色んなのをたくさん聴いてるしなぁ。私はMecanoNacha PopFranz FerdinandKings of ConvenienceAlarmaRegina Spektorの公然たる熱狂的ファンだし… 我々にはたくさんのポップの血が流れているんだよ(Rancioはそれを認めたがらないかもしれないけど)。それがそういったディティールを生じさせるんじゃないかな。音源を一度仕上げたあとにそういうの入れたりしてて、それでスタジオにあるピアノを使って、自分たちのやるライブとかではあまり出てこないようなちょっとしたことを試してみたりするんだ。Offspringどうのこうのは一石を投じられた感じだね、だって全然似てないもん。

Ranzio: いや、認めるの全然問題ないよ、ハハハ。Amaralを観に行くためにAccidenteをやってるわけじゃねぇって私が言ったのはよく知られてることだけど。それが血管を流れるポップだ。最近聴いた一枚はLady Gaga & Tony Bennetだったし、時にはパンクの外へ出ることを知って、向こうにあるたくさんのものを開拓しなきゃいけない。

明らかに、The Offspringとの比較はちょっと浅はかだったようだ。きみたちの曲にはごくたまに英語の歌詞があるよね。例えばAmistad y Rebeliónの“Beyond Words”とか。他言語で歌うという決断には何かしらの意味があるの?それともおもしろ半分でやった?バンドの中で誰がこういったことを引き受けているのかな?

Blanca: ハハ、めっそうもない。あれはとんでもないミスだった… けどまあ挑戦という形で出てきたことだった。どうなるか見てみるためのね…。 あとになって後悔したし恥ずかしくなったよ。

なるほどね、そんな話を持ち出してごめんよ!そろそろ終わりにしようか。先のことを見据えると、今年の9月にきみらは日本でのツアーへと向かう。ちょうど日程を上げてくれてて、9回くらいコンサートがある予定になってるね。このツアーはどうやって生まれたの?時間をかけて進行させたもの?ワクワクしてる?

Pablo: なんてこった、こりゃあヤベェことになるぞ!以前は叶わなかったけど、2年か3年かけて形作られてきたものだからすごく興奮しているよ。友だちのYu(向こうで我々の音源を出してくれてるレーベルVox Populiをやってる)が何回もオファーをくれてて、今までは日程の都合で無理だったんだけど、今年はいい返事ができた。これまでと全く異なった楽しい経験になると思う。

https://accidentepunk.blogspot.com/
https://accidente.bandcamp.com/
https://www.facebook.com/Accidentepunk

(終わり)

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Wild Animalsのインタビュー (Etrevistamos a Wild Animals)

またまたWild Animalsのインタビューです。これ含め3つ訳しましたが、その中ではこれが最も新しくて2016年9月のやつです。以下で原文が読めますので。
[http://www.mindies.es/entrevista/wild-animals/]

Wild Animalsが来日するって聞いて、どっかにインタビューあったら読んでみよかなと思ってネットで読めるの探して今回訳してみたんすけど、3つあるとそこそこボリュームありますかね。まースペイン語が堪能ではないので3つともやるのはめんどくさいかなーと思ってたんですが、翻訳作業的なものはやりたい時にちょっとずつやってたんで時間はかかりましたが途中で嫌になることもなくというかわりと楽しかったです。

(宇)

 
 

Entrevistamos a Wild Animals

Wild Animalsは、大きな一歩を駆り立てるものに自由を与えるために、Built To Spillといった当時ハードコアと結び付いていた90年代のグループの大いなる遺産を土台としている。Basements: Music to fight hypocrisyというタイトルの1st LPは、極限まで達するサビを備えた非の打ち所のない作品であり、それはどんなリバイバルも情熱を持ってなされるのであればそれはポジティブであることを証明している。圧倒的な作品で、長きに渡って日々のお供になるであろう作品だ。少し前にヨーロッパツアーから戻ってきたことを機に私たちはインタビューを試みた。

まず初めに、ヨーロッパツアーはどうだった?
ツアーはとてつもなかったよ。観客の反応は私たちの予想を上回るものだったし、Fluff Festでのコンサートはハイライトの一つだった。去年のツアーとの多くの違いに気付いたんだけど、みんなが曲を歌ってくれていたんだ!

あなたたちの音楽は、Hüsker DüやBuilt to Spillといったよりラウドな90年代グループのサウンドにかなり影響を受けているよね。その影響は決して隠すべきものではないと思う?
もちろん。なぜ隠すの?!影響がそこにはあるし、誠意を持ってやるかぎり、また同時に自分の個性を保っているかぎり問題はない。バンドにおいては私たちは3人で、多くのことでは一致しているけど、各自にはそれぞれ受けた影響があって、ときにそれはとても異なっているし、それがまたサウンドに個性といえる要素を持たせると思う。

Wild Animals以前にあなたたちはEnoch ArdonやJamie 4 Presidentといった別グループをやっていた。そういった過去の経験がなければこのグループを結成することはなかったと思う?
どうだろうね。確かなのは、過去の経験によって新たなグループを始めるときにより多くの視点から見ることができるし、焦点の合わせ方もよりはっきりさせることができる。私たちがグループを組むことについて話し合ったとき、自分たちがやりたいサウンドの方向性とか、たくさんツアーするという姿勢などは多かれ少なかれはっきりしていたんだ。

Basements: music to fight hypocrisyについて少し話していこうか。私はあなたたちが物事のポジティブな解釈を備えたとても生き生きとしたアルバムを作り上げたと思う。この作品は精神的にポジティブな方向へと焦点を当てられた作品だと感じる?
このアルバムは私たち3人にとって精神的にも創造力的にも良い時期に作ったんだ。曲に取り掛かる際にはそういったことはかなり関係してくることになる。まさに私たちはアルバムが多くのエネルギーを持つこと、簡潔であることを追求していたし、それは間違いなくポジティブな要素を与えるし、意欲を燃やす要素を与える、へへ。歌詞に関しては、曲によるんだけど、多くが‘Avocado’や‘Heavy Metal Saved My Life’のように、私たちの生の素晴らしい瞬間について、そういう瞬間を楽しみたいという欲求について歌っており、また、‘The Empire Strikes Back’のように、おそらくポジティブではなくとも感化させるような政治的テーマを扱ったものもある。

同様に、私は‘Logic Makes No Sense’みたく曲に込められた熱意や実直さがとても好きだ。この作品はあなたたちの生のとても激しい瞬間をまとめたものだと思う?
音楽的なものに関してはとても激しい瞬間をまとめているけど、歌詞の全てがこの時期について言っているわけではなくて、幼少期、思春期から青年期、長きに渡る個人的な関係性などについて扱っているものがいくつかあるんだ。

作品全体に渡って歴史が立ち現れるけど、その歴史を曲として表現するときにたぶんあなたたちは確かなノスタルジーを覚えたかもしれない。これはあなたたちに起こったことなの?
うん。さっきも言ったように、自分たちの幼少期あるいは思春期から青年期のある時期について歌っている曲があるし、そこがノスタルジックなポイントだね、へへ。

あなたたちの曲で私の目を引くのは、ギターの領域は別として、曲がいつも非常に明快かつ切迫したメロディーによって導かれるということだ。とりわけ私なんかはこのLPではこういうことが起こる。曲を作るとき、頭に浮かんでくるメロディーに身をまかせることはある?
私たちにとってメロディーは曲の中で重要なウェイトを占めていて、ときにギターとボーカル同時に出てきたり、ほかには、初めギターでそのあと自分たちの気に入るようなボーカルメロディーをいくつか見つけれるよう頭をフル回転させるんだ。

Jamie 4 Presidentは除くとして、あなたたちがやってきた他のグループはおそらくWild Animalsよりもパンクでパンチの効いたサウンドだった。このグループにはパンクサウンドと90年代オルタナティブロックのよりメロディックなパートの間を行き来するような二重性があると思う?
そうだね、それはこのグループのはっきりとした特徴の一つだ。リズムは“イカしてる”けど同時にメロディーのことも決して忘れない。それが私たちの受けてきた影響に起因していることは明らかで、大体でいえば、Fonはよりハードコア/パンク部分にあるだろうし、Jamieはインディー寄り、Paulaはその2つが合わさった感じだね。私たちはみな一斉にメロディーのある曲にやみつきになるんだ。クラストだろうとメロディックハードコアだろうと90年代インディーだろうとね。

あなたたちはLa Agonía de Vivirを含め多くのアイデンティティを持ったレーベルを運営し、とても印象的な音楽スタイルを持ち自らの理想に力を注ぐようなグループをリリースをしている。あなたたちはWild Animalsを音楽を生きる方法の延長として見ている?
もちろん。レーベルを作るにせよグループを作るにせよ、理想と生き方の両方が同じ平面上にあるし、自分の音楽の見方に従って焦点を合わせるんだ。

あなたたちは2つの作品を複数のレーベルよりリリースしている。それは国内のみならずヨーロッパのほとんどや日本までも含む。そんなにも多くの場所で作品をリリースするのはハードな仕事だった?
私たちがするのは大量のメールを自分たちの好きなレーベルに送ることだ。多くは返事が来なかったり、あるいは返事は来るけどできないとかしたくないといったものだったり、もしくは気に入ってくれたけど今はお金がないと言われたり、色々だね。一方で、いいよって言ってくれるとこもある。このアルバムでは、すでに話をしていたレーベルがいくつかあったし、参加したいと言ってくれる人たちもいたし、さっきのやり方で探したりもした。そのあと、それら全てからの同意をもらうのは簡単だったよ。なぜならこの手の共同リリースに慣れているレーベルたちだからね。こういうふうにしたかったのは、自分たちの構想はスペインの外でたくさん演奏することであり、また、より多くの国でこのアルバムがうまくいってほしかったからね。

疑う余地なくあなたたちはライブと街道を愛するグループだ。直近のヨーロッパツアーで行った土地を見るだけで事足りる。ライブをたくさんやることとツアーに行くことはグループをやる上で最も美しい部分だと思う?
振り返って見ると、それは最もやりがいのあることであり、確かなことだ。つまり、たくさんの人々と出会い、多くのすごい体験をし、ライブで演奏する感覚は最高だ。でも、例えば、レコーディングもまた同じく美しい時間であり、そこで何ヶ月にも渡って作ってきた曲についに形を与える。もしSanti Garcíaのように一緒にいて楽しく全てを簡単で愉快にしてくれるような名人とともに録音するならなおさらね。

ライブの話に戻るけど、あなたたちは何度も国外をツアーしてきた。あなたたちのようなグループにとっては国内よりも国外で日程を組む方が簡単なのかい?
そんなことはない。スペインでは以前にやっていたグループと同じくらいこのグループでもたくさんライブをしているし、レーベルとしてもやっているし、同じく他のバンドのために私たちが開催したコンサートなどでもね。常に他の街にも手助けしてくれる誰かしらの友人がいるものだよ。ヨーロッパではいつも0から始めることになるし、繰り返し訪れる街はより少ない。ときに歯がゆいのは、100通のメールを送って返事をしてくれるのが5人だけだったりするからだけど、でも最終的には機会を掴めるんだ。

あなたたちはマドリードに腰を落ち着けているけど、それはあなたたちが最も動き回っている所であるそのシーンのためであると私は想像している。主に首都でのライブに頼りながらグループを作り上げ成長させていくことはできると思う?
マドリードから出ないことは自らにフタをするようなものだよ。同じ場所で同じ人たちに向かって演奏することに飽きてしまうときが訪れるだろう。私たちにとってそれは選択肢にないよ、へへ。

この2年における素晴らしい活動を見てきたわけだけど、そろそろ終わりへと向かいます。新曲はすでに頭の中にあるの?
あるよ!ほぼ出来かけの新曲が2つあって、すでにいつ録音に入るかとか今後のツアーのこととか考えているとこだよ。今はより長い時間マドリードにいる予定だからもっと頻繁に曲作りができるはずだ。

私たちのインタビューでは、次にインタビューするグループに向けた質問をしてもらうのが好きなんだ。何かあるかな?
あなたたちはレコーディングのことですごく心配する?もし新曲が4曲あってもうそれを録音したいという意味で。それとも自分たちが選べる範囲のしっかりと作り込まれた曲数になるまで待つ?

同じように、Néstor de Futuro Terrorから預かったあなたたちへの質問がある。こう言っている。あなたたちは機材のことで気が狂いそうになる?つまり、新しい機材を探しながら生活するべきなのか、それとも姉が実家に置きっぱなしにしたギターでなんとかやっていくべきなのか?
どちらとも言えないな。私たちは機材オタクではないけど、演奏できるなら何でもいいってわけじゃない。ギターサウンドは、例えばだけど、要はいくつかのペダルといくつかのギター、そしてアンプで作られるし、他のものではなくね、へへ。それに私たちは割れた皿とぐしゃぐしゃの楽器で演奏する予定もないしね。

どうもありがとう!

(終わり)

Wild Animalsのインタビュー (entrevista con Wild Animals)

もういっちょWild Animalsのインタビューです。今回はfeiticeirAというサイトに掲載されていたもの[http://feiticeira.org/entrevista/wild-animals]を元に翻訳しました。

こちらも1stアルバムをリリースして間もない時期、おそらく2016年6月くらいのインタビューだと思います。2つのパートに分かれていまして、前半はいわゆるふつうのインタビュー、後半はちょっとした曲解説のような内容になっています。

(うころもち)

 
 

entrevista con Wild Animals

Wild AnimalsはFeiticierAの(バーチャルな)編集部で最もよく流れたバンドの一つである。その顔ぶれを見るにAllfits、Enoch Ardon、あるいはJamie 4 Presidentといったすでに知られたバンドのメンバーではあるが、デビュー音源を発表している。というわけで、その紹介にかこつけてメンバーとマドリードでおしゃべりしました。

 

君たちの初めてのコンサートは我々との共同開催だったことを特別な思い入れで覚えているよ。そのときは誰がこのバンドを求めていたのか(また、君たちがSuperchunkやHüsker Düのような音を鳴らしていること)偉大なるCasta(当時はCaleiah、現在はDiscos Finu)が言ったというのをほとんど信じてなかったけど。
ほんとだね!その際はどうもありがとう。我々も同じくその初コンサートのことは思い入れがあって覚えているよ。

そして、君たちは長い道のりを経て、Ultramarinos Costa Bravaで録音され多くのレーベルから出たアルバムとともに今ここにいる。トントン拍子に事が運んだのか、それともただ単に努力の成果だったのか、どう思う?
物事は早く進んだけど、それは我々が止まらなかったからでもあるんだ。それは一連の出来事だったんだと思う。一年で60以上のコンサートをやり、多く求めたし、様々なツアーを敢行するなどした。また一方で、みんなが(前作である)EPを気に入ってくれているという感じがあったし、今はアルバムも同じようにとてもうまくいっているから不満なんてないよ!全て順調さ。

さっそく君たちのLP “Basements: Music To Fight Hypocrisy”に話を移すけれど、自分たちで聴いてどの部分に満足している?
Santiの元でレコーディングしようと決断したことにとても満足しているし、アルバムはまさに自分たちが頭の中でイメージしていたような音であり、それは凄まじい感覚だよ。我々としては… いくぶん短い時間の中でライブやツアーを休止することなくアルバム制作をすることができていたこと、そして全ての曲に確信と満足感を持っている。

サン・フェリウ・ダ・ギショルスでのSantiとのレコーディングとプロダクションがこのアルバムのキーポイントであることに疑いはない。この案はどうやって練られたの?いつものSantiの(パンクやハードコアの系統ながら君たちのEPにはなかったクリーンな音も持った)サウンドを活用するということを事前に考えて臨んだの?
我々3人はSantiのレコーディングのやり方がとても好きなんだ。彼が手掛けた作品の多くを子供の頃から聴いていたし、それに彼の手に委ねるのは良い考えだとわかっていたし、彼の特徴的なサウンドは我々にぴったりだから曲に上手く合うはずだとわかっていたよ。さらに、Santiは我々のEPがとても好きだというメッセージをくれたから、それによってなおのこと意欲を掻き立てられたよ。だって自分の作ったものに刺激を受けてくれた人とレコーディングするのは贅沢なことだからね。
EPはあまり時間がないなかで録った。それは最初に作った7曲だったから、このアルバムではもっとやれることがあるしもっと曲を生かすことができるという気持ちがあったんだ。

前作に引き続き、優れたアートワークはManu Griñónによるものだった。彼についてちょっと教えてくれ。
Manuはアストゥリアスのアーティストで、いくつかのすごいイラストレーションを作っている。もう何年も前からの友人で、彼の作品はどれも好きだった。こういったことをそれがクールであるだけでなく愛情を持ってやっているような人が身近にいるのは素晴らしいことだ。
それと、我々はグループの特徴を示すデザインに関しては同路線を継続するのが好みだから、同じようにLPのカバーも作ってくれないかと彼にお願いしたんだ。
彼のウェブサイトではもっと多くのものを見ることができるよ。

LPの内容に戻るけど、いくつかの歌詞はほんの少し社会的な色合いからより個人的なレベルになったような気がする(同じように社会的ではあるけど反抗性が薄らいでるというか)。自分たちを型にはめたくなかったのか、それとも単純にそういうふうになったのだろうか?
そういうふうになったんだ。EPでも同じようにより個人的な曲(“Marlene”、“Crumbs”、“The First Golden Lady”)と他の政治的/社会的な曲を交ぜていたよ。歌詞の大半は3人で一緒に書いているんだけど、3人で会うときに初めに考えることは、そのときに話したい何かがあるのかどうか、あるいはその曲が我々にはっきりと何かを伝えるのかどうか、ということだね。

より個人的なレベルのテーマを追っていくけど(たぶん音楽的な影響についても)、今作の歌詞は大正解だと私は思う。つまり多様で日常的で正直であり大袈裟じゃない。歌詞面では多くの時間を要したの?いつもどんなふうに曲を作ってる?
どうもありがとう!さっきも言ったように、歌詞を作るために3人はいつも家に集まるんだけど、いくつかの歌詞が我々の前に横たわって何日か要して、そしてある午後に別の歌詞を書くんだ。3人にとって違和感のない歌詞であること、それが自分たちの生や自分たちのあり方を表していることが望ましい。曲作りはいつも練習場所で行なっていて、いくつかの曲はそこで即興で演奏しながら出てくるし、他にはJamieがほぼ完成したものを家から持ってくる。ボーカルメロディーをつけていく等をして、そしてだいたい定まってきたら歌詞を書くんだ。

EPに関しては新しくなかったけど、メロディックでハーモニックな手法が再びカギとなる。コーラスで大胆に入れたPaulaのボーカルがよりいっそう助けになっている。Santiに多くの助けを借りたのか、あるいははっきりとしたアイデアを自分たちで持っていったの?
我々はメインのボーカルメロディーやコーラスをとてもはっきりさせていた。スタジオに行く数週間前に家でGaragebandを使って色んなコーラスを試したよ(笑)。90%はすでに練習から仕上がっていたし、ライブでもやってたりしてたけどね。Santiはスタジオでハーモニーに関していくつか提案してくれて、それが曲に、とりわけ “Elevator Boy”や“The Empire Strikes Back”にクールな色合いを与えたんだ。

君たちは2016年の真ん中にアルバムをCDとカセットとLPで出した。この作品のリリースのされ方とか国内で入手可能な場所とかについて教えてくれ。
当初のアイデアはヴァイナルのみで出すことだった。作品をできるかぎり広く流通させるためにスペイン内外の様々なレーベルと共同リリースしたかったんだ。EPに参加してくれたレーベルの一つ(Waterslide Records、日本)が今回CDで出したいと言ってくれたのと、その後に友人であるPifia RecordsならびにDiscos Finuがカセットはどうかと提案してくれてとても嬉しかった!
スペインなら、LPはBcoreLa Agonía de VivirもしくはPifia Recordsを介して買うことができるし、カセットはPifiaかDiscos Finuで、CDはコンサートで我々から直接買うか、メールかFacebookでメッセージを送ってくれたら買える。また、バンドで売る用のカセットやヴァイナルも我々の手元にいくつかある。

君たちはカタルーニャに向けてアルバムを紹介してきたばかりだし、そして間もなくヨーロッパをツアーする。新曲を携えてのツアーだけど、これら最初のステップはどうだった?
カタルーニャでのコンサートは素晴らしかったし、コンサートを主催してくれたコレクティブはとても良い人たちだったから全てがとてもうまくいったよ。コンサートでみんながたくさん歌ったり踊ったりしてたから超いい気分で帰ってこれたよ。いつもそうであってほしい!(笑)。でも、どこでもそうなるわけじゃないってちゃんとわかってる。

次回はマドリードだね (11日土曜日、君たちにとって初のWurlitzer Ballroomで)。ナーバスになってる?ところで、知らない人のためにその日の共演バンドを教えてくれ。
了解!ナーバスだしかなり意気込んでるよ。Wurlitzerはホームで試合するようなもんだし、それはいつもパニックになるほどはしゃいでしまうもんなんだ(笑)。自分たちの好きなバンドと一緒にアルバムを紹介したかったし、かれらは友人であり我々がとても尊敬している人たちだから、Rollercoaster KillesTroikaと共にするその夜はすごくクールなものになるはずだ。Rollercoaster Killsはマドリードのポストハードコア/パンクのグループで、ライブがとても良くて音源もすでにいくつもあるよ(Bandcampで聴いてみてくれ!)。Troikaは、AccidenteのBlanca、Raw PawのPaloma、AsinusのLauraによって結成された新しいグループであり、政治的な歌詞と凄まじい姿勢を持ったクラシックなパンクだ!

君たち自身についてだけど、Wild Animalsのライブはどんなふうに紹介できると思う?LPで聴くのとライブでのそれには明らかな違いがあるとわたしは思う。
外側で受け取られているものを内側から知るのはいつだって難しい…。我々はとても良いひとときを過ごすし、めっちゃジャンプするし、笑うし、毎回コンサートでは全力で楽しんでる。そのエネルギーと歓喜は同じように観客にも伝わっていると思うし、すでに何度もそう言ってもらえていると思う。演奏する我々の半分でも観客が楽しんでくれるのならもう成功だよ(笑)。

このインタビューの初めのパートを終えようと思うけど、心の名盤としてバンドメンバー3人ともが一致するようなLPを3つ挙げなければいけないとしたら何を挙げる?
Hüsker Düの“New Day Rising”
Jawbreakerの“24 Hour Revenge Therapy”
Dinosaur Jr.の“Bug”

 
 

“Basements: Music To Fight Hypocrisy”の10曲とバンドによるコメント

トレードマークであるメロディーを伴った見事なパンクロック集中砲火のようなアルバムは、“Sleepless Sundays”によってその幕が開かれる。先ほど話したとおり、前作EPの泥臭くロウなサウンドを“クリーンにする”意図がたちまちに明らかになる。
“Sleepless Sundays”はこのアルバムに入っている10曲では最初に作った曲で、ライブで演奏したりしながらより長い時間をかけた曲だね。この曲に特別な愛着があるし、それに実はスタジオではこの曲を巡って重大な岐路に差し掛かったりもしたんだ。おそらく完璧なものにしたかったからだろうね。結果的にはこのアルバムで好きな一曲になった。歌詞はアルバムの中で最も個人的なものの一つだし、我々が共同で作詞していない数少ない曲の一つだね。

ちょうどもっと個人的なテーマについての話が出たのでなおさら“Heavy Metal Saved My Life”が頭に浮かんだよ。Rancidや7 Seconds、Propagandhi… そしてメタルのことを含んだ意思表示。
この曲の歌詞は楽しく書いたよ。音楽や楽器を演奏することに興味を持つことがどのように我々3人の生を変えたかについてしゃべっていたときの会話を通じて出てきたんだ。我々の生の大半がそのことを中心に回っている、回ってきた気がするから、だからこの歌詞は自分たちの関心がどのように始まったかについて、それを通じてできた友だちについて、我々がした素晴らしい体験についての歴史を語るものなんだ。

“Elevator Boy”はびっくりするくらい素晴らしい。キャンプファイヤーパンクソング?先立つアコースティックとエネルギーを伴ったこの曲は君たちが準備したものなのか、それともSantiの仕業なのか教えてくれ。
そのキャンプファイヤーパンクってのすごくいいね(笑)。曲は当初からこんな感じだったよ。我々の中ではっきりしていたのは、アコースティックを録音したいということ、Jamieのボーカルとギターだけで曲を開始すること、そのあとに全員が加わること。スタジオではSantiがかなりクールなボーカルハーモニーのアイデアを色々くれた。ライブではより速く演奏するんだ、そうしたら面白いと思うからね。あと、この曲でコンサートを締めくくるのが好きなんだ。

お次は“Avocado”、おそらくこのアルバムの代表曲。道半ばにある生とDIYに対する絶対的な献身?
そんな感じかな… 途上ではあるもののとりわけ愛について、長い距離を旅してきたこの一年に出会った人々への感謝、概していえばDIY精神を生き続けさせている人全てに対する感謝、そういったことについての曲だね。家からとても離れたところにいることもそうだし、同じ関心事を共有している人々、音楽や政治的テーマのどちらかもしくは両方に関わったりその中で取り組んだりしていて、そしておそらく見返りを求めずにあるいは求めながら誰かがそこで演奏できるよう午後いっぱい料理したり場を整えたりしながら時間を過ごしてきた、そんな人々と知り合うのは素晴らしいよ。

再び政治的な曲、でありながらキャッチーなサビと完璧なコーラスを備えている。“The Empire Strikes Back”では何を言いたいのだろうか?また、あのイントロはどこからインスピレーションを得たの?Shonen Batからだって言ってくれ!(笑)
我々3人ともShonen Batが大好きだけど、申し訳ないがノーと言わせてもらうよ(笑)。そのイントロのことを自分たちではいつも“Cap’n Jazzパート”と呼んでる。君たちにとってもそうであったように全然それを彷彿とさせないけどね。そのパートはFirst Songsを録音する前からすでにあったんだけど、それでこの曲を作ったときにイントロのその部分が良くなってると思ったよ。
この曲が言っているのは、国民国家(したがって企業や特に権力を誇示する者たち)が自らの利益を獲得し維持するために如何に暴力の“合法的”使用を独占しているかについて、また、変化を求めるなかでそれ(暴力)をそいつらに対して使う者を如何に悪者扱いするかについて。曲はこれに関する反語のリフレインで締めくくられている。暴力を肯定するよりも我々はむしろ人々がそれについて深く考え自分自身で問いに答えてほしいと思っている…。それに、同じくその肯定はしない方がいいよ、“Sad ones wear frowns… (しかめっ面した哀れなやつら)”が“kick my door down and march my ideals to the county jail (私んちのドアを蹴破って私の理想を刑務所に引っ立て)”に来ないようにね(笑)。残念ながら、今この時にも大勢の人々がその現実を生きている。多くの人が信じないとしてもいまだに政治囚が存在するんだ。

再びアコースティック曲。“Wave Goodbye, Coastline”には海から都市へ移ることについての歴史が描かれている?
うん、これは我々が地元の沿岸部から大都市へと移るときにどう感じたかというちょっとした様子なんだ。動機、結果、対比…。アルバムの他のいくつかの曲と同じく、個人的なことと社会的なことを何らかの方法で言うことによってミックスさせているんだ。

“Television Blows”には興味深いものがある。君たちは歌詞の中であまり“空っぽ”なことを言わないことによって自らを特徴付けているけど、ここではよりありふれたテーマについて話している…。重要なのは、サビに到達するとこれは背後にポジティブなメッセージを含んだ別のテーマと向き合っていると確信するようになることだ。この曲はどうやって生まれたの?Paulaのコーラスもアルバムの中でベストだ。
この曲が生まれたのは、基本的には、我々3人は“労作である”テレビシリーズがとても好きでよくそれらについて話しているからなんだ。Fonはいつも4つを傑作として挙げるんだけど、信じる信じないは別として、おそらく本心としては(笑)、ありきたりでもないしとても批判的であるというダブルミーニングがあるんだ…。もうこのへんにしとくよ。

“Guilty”はたぶんかなりデビューEPの路線に近い曲だ。その時期の曲?
いや、レコーディング前に作曲した最後から2番目か3番目の曲で、スタジオ入りする前にはライブではやったことのなかった唯一の曲だね。
この歌詞には逸話があって、Fonはこの曲のためにMinor Threatの“Guilty of Being White”の歌詞の翻案を作ることを提案したんだ。そこでは物議を醸すような別のテーマ(ここでは触れない笑)を取り上げつつね。そして、我々みんなが見事だと感じるような翻案をFonは自ら作ってしまった…。でも物事がすでに締めに入ったと思っていたときに誤解するようなことで煩わされたから、我々は手を引いたんだ。結局、我々は社会を支配する偽善に対してこの手の申し立てをしたし、タイトルが歌詞と調和している事実と我々との間ではそれを“Guilty”と呼び続けていたから、だからこのままになったんだ。

“The Worst Mistake”はよりデュアルなボーカルの面とより個人的な歌詞が表に出てくる。実際、おそらく理解するのがいっそう難しいけど、そこに自らを投影するのに十分なほどには開かれているよね?
うん、Paulaはこの曲で歌うことをより好んでいたし、そういうふうになったんだ。この歌詞こそ不明瞭だし、実は、最後の部分“three random stories…”が言っているように、この曲は3つのランダムな自伝的物語なんだ。一人あたり一つのね。そしてこれは最後に仕上げた歌詞だった。まさにサン・フェリウのアパートで、レコーディングの2日目か3日目の晩飯を取るためにパスタを料理している間にこの曲を終わらせたんだよ。

我々が個人的なテーマについて言っていたにせよ、締めはこの辺りで目にされてきた中でまさに最も誠実かつ正直な愛の歌の一つだ。[訳注: ラスト曲“Logic Makes No Sense”についてです。]
アルバムの中で最も好きな曲の一つだし、おそらくスタジオにおいてはより手間の掛かった曲だった。なぜならライブではかなり速いテンポで演奏していたけど、アルバムではもっと落ち着きを与えたかったからね。より楽しい感じも加えて(笑)。最終的な出来映えはとても気に入っている。
歌詞は明らかに最も個人的なものの一つだ。我々のことを個人的に知っている人ならきっとわかるはずだよ。

(終わり)